2009年05月06日

月代、という家

「真澄様」

低く落ち着いた若い声。

「御屋敷に顔を見せるようにと、御当主が仰られております。
家族の者も皆心配しておりますゆえに」

淡々と音を紡いでいく。

「今晩、いえせめて週末でも、一度…」

余所余所しい語り口には慣れても、未だに其れは。

「うるせーよ。少し黙れ、真央」

吐き捨てるように遮った。
息を呑んだような音が、受話器越しに耳に届く。
次いで聞えた申し訳御座いませんの言葉に、眉を寄せて奥歯を噛んだ。

ああ、未だに其れは。
私には、苦すぎる。
 
 
 
「ご、御気分を害されたのでしたら申し訳御座いません、その」

一度途切れた口上はすぐにまた再開される。
先よりも更に慇懃に、畏怖するように。

怯えたような声音を聞いているのも嫌で、同じ用件を告げられる前にまたそれを遮った。

「帰らねーよ。そんなに暇じゃねーんだ。
顔が見たきゃテメエで勝手に来やがれって馬鹿親父に伝えとけ」

ですが─と続いた言葉の先を聞く前に通話を切った。
端的に言い換えれば逃げた。
もうそれ以上聞きたくなかった。
彼らと話すたびいつもそう思わされる。

無視すればいいものを、とも思う。
そんなにも嫌なのならと。
それはそれで五月蝿くなるので、問題といえばそうなのだが。

でも問題になるというそれ以上に、やはり何かを期待してしまう自分がいるのは否めない。
いつかまた昔のように。
そんな幻想を捨て去れない。

先の電話の相手─真央は私の年子の弟にあたる存在だ。
幼い頃はねーちゃんねーちゃんと言いながら後を追ってきたそれが、
今では他人行儀に私を敬称で呼び、機嫌を窺うように慇懃に話す。
彼だけではない、十二も離れた、ようやっと分別を理解したような妹でさえ、だ。
月代という家はそういうところだ。
姉と弟、姉と妹、そういう以前に「後継とそうでない者」という関係が厳然として存在する。

だから私はあの家が嫌いで。
適当な言い訳をして逃げたのだ。
修行の成果を試すとか、己の力をより一層磨くだとか。
そんな美辞麗句を並べ立てれば、私だけに肩入れする本家の人間は何も言わない。

期待されているのは私だけ。
「能力者」という彼らが切望した存在として生を受けた私だけなのだ。
だから私がどのような事をしても彼らはそれを容認するだろう。
きっと喩え恐ろしい犯罪を犯したとしても、あらゆる手段を尽くして私の身柄を保証するに違いない。
だから私も好き勝手やっている。
当然犯罪などするつもりは毛頭ないが。

…勿論、退魔の血筋であると言う事や陰陽師と言う役割そのものに不満があるわけではない。
ただあの家という縦割りの中で生きることが嫌だったというだけだ。
だから家を出たし、それ以降は殆ど帰っても居ない。
新年にくらいは呼び戻されもするがその程度だ。
それも私が行方さえ眩ませればあいつらにはどうともできないし。

どうせ学園を卒業すれば否応無しに家に戻り、散々忌避し嫌悪もしたその家の当代として生きるのだが。
と、そう考えてしまえば、その行為には何の意味もないように思えてしまいもする。
それでも俺は、できるだけそれを遠ざけたかった。

その家が嫌いだからと言うのも無論あった。
だけど、それだけではなかった。
それ以上に。

家族の者も心配して─真央はそう口にした。

家族。
家族とはどのようなものを言うのだろう。
血のつながりか。
心のつながりか。
後者であれば良いのにと思いながら、
前者とてそう呼ぶに値するものである事もわかっている。

わかってはいても私にはそれが割り切れない。
それだけの存在を、家族とは呼べない。
たとえ血が繋がっていたとしたって、あんな余所余所しい関係を家族などと呼びたくもない。

先日、新しい妹が出来たのだと母から連絡を受けた。
一度顔を見に戻っていらっしゃいと言われたが、結局一度も行っては居ない。

だって、悲しいじゃないか。
愛らしい妹の姿を見たとて、思ってしまうのだから。

─ああ、この子もいつか、私を他人行儀に「真澄様」などと呼ぶようになるのだな─と。

悲しい。
そうだ、血のつながりだけのものを、家族とは呼びたくはなくて。
それでもあの場所にいるならば、否応なくそう接しなければ─というよりは。
呼びたくなくても、たとえ思えなくても、突き放せない。
だって血のつながりは否定のしようも、変えようもないのだから。

でもどれだけ慈しんで、愛したとしても。
彼らは、彼女らは私を家族と見做してはくれないのだ。
彼らにとって私は「後継者」─頭上に戴く存在であって、ともに歩む事の出来る相手ではないもので。
それはたとえ何がどうあっても変わってはくれない現実で。
それが悲しい。

抗うのも疲れ果てて遠ざけても、きっといつか向き合わねばならない。
それも知っている。
いつか。ではない。
そう遠くなく先、少なくとも学園を出るまでには。
自分の感情に決着をつけなくてはならない。

現実を受け入れるのか。
あくまで抗うのか。
捨てる事だけはできないことは、もうわかってしまったから。
posted by 月代真澄 at 12:15| Comment(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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