2009年07月13日

望みたい明日の道へ

インターホンを誰かが押した。

同居人は今は誰も居ない。
恐らくは夕陽の結社か、雪姫の部屋か。そのあたり。
帰ってきたのだろうかとも思うが、それはない。
他人行儀にインターホンなんて押さなくて良いぞ、と言ってある。

宗教勧誘だとか新聞の勧誘だとかはたまに来る。
が、今は深夜1時、そういう輩もこんな時間に出歩きはすまい。

ひとつだけ覚えがあるのだった。
こんな時間に失礼にも人の家を訪ねてくる人間。
面倒だから関わらない。大抵は居留守か寝た振りで通す。

が。
視界の隅に転がっている大きな茶封筒。
…あれの話だろう。
面倒だがそれならば、通さないわけにはいかない。
 
 
「夜分に失礼します、真澄様」

扉を開けるなり、奴は笑顔で言ってのける。

「那岐…何の用事だよ」
「お出になられたと言うことは理解しているとばかり」
「……まあ、それは」

曖昧に言葉を濁して、上がるように促した。
それでは遠慮なくと飄々とした態度で告げて、私より幾分年若い少年は扉をくぐって室内に足を踏み入れる。

この男の名前は、月守那岐。
月守、というのはうちの一族のまあ…身も蓋もない言い方をすれば部下の一族で、
その嫡男の那岐は、宗家嫡子である俺のいわば…あれだ、お目付け役。
……4歳も離れたチビを「お前の目付け役だ」と紹介された日にゃ親父の顔面に宝剣投げつけてやりたかったが。
まあ、それは我慢した。じゃない、それは今は置いておく。

私が銀誓館に所属してからも、たびたび奴は私のところを訪ねている。
用向き?決まって父親からの伝言だとか、こっちの近況を尋ねる話だ。
私が滅多に家に帰らないから痺れを切らした父親が送り込んでくるのだろう。
少なくとも天性のものぐさのこいつが自発的にやっていると言うのは有り得ない。

「適当に座っとけ。茶も菓子も出ねーけど」
「お気遣いなく」

済ませてきましたから、と穏やかに言い放つ那岐。
座ろうとしないのを訝って視線を投げると、無言で肩を竦められた。

……。

「座っとけって言ってんだが」
「分家の者が先に、というわけには」
「……」
「……」

にらみを利かせてみるが効果なし。
妙なところだけ律儀で妙なところだけ頑固だからこいつは面倒臭い。

…仕方ないので先に座椅子に腰掛ける。
そうすると那岐も向かい側の席についた。
普段藍那が座っている場所だ。…と思うとなんかむかついた。
藍那と顔合わせて話すなら大歓迎なのに何が悲しくてこいつと…とか思いつつ、用件にあたるであろうものを思い出して気を入れなおす。

「…で、用件はあれだろう」
「そうですね」

単刀直入に切り出すと、那岐は何の事も無げにそう言い放って、
あれ、と私が示した茶封筒に一度だけ視線を向ける。
大変ですね真澄様も、と続いた言葉には全く情感がこもっていない。
面白がってるに違いない。
おのれ、年下の癖に生意気なやつめ。

「全却下大人しく諦めろ、って伝えとけ」
「別に一つくらい受けてみても…」
「良くない。その気もねーのに気の毒だろ」
「全くないんですか?」
「ねーよ」
「……それはですね真澄様」

意味深に言葉を切る那岐。
私のほうを窺うようにしながら、意味ありげに笑って…いや、こいつは意味がなくても大概笑っているが。
…何となく嫌な予感。
すげえ知られたくない事を知られたような、…まさか…

「ラブラブな恋人がいるかr」
「てめー何処で聞いてきやがった?!」

皆まで言わせる前にぶった切った。やっぱりかよ!!
くそ絶対赤くなってるに決まってる。
こういうのこいつに見せるとめんどくさいってのに…!
ああニヤニヤしやがって!面白がってんじゃねーよ!!

「何処でって…普段の真澄様の生活を追っていれば明らかですが」
「何で追ってんだよ?!てかお前いつから鎌倉いやがんだ!!」
「そうですねー、1週間前くらいからですか」
「1週間張り付いてたのか?!」
「気付かないなんて真澄様ったら鈍感さん」

…疲れる。
こいつ、疲れる。
大きな溜息一つ、額をおさえて卓に肘をつく。

「まあ、でも、それは困りましたね」

ぽつりと言う那岐は相変わらず笑顔だ。
それは当然だ、困るのはこいつではなく親父だから。
いや、こいつも困るかもしれないが、少なくともそれ以上に面白がってるに違いない。

「お父上は、名のある家系の方と、と仰っていますし」
「クソ親父め」
「お知りになられたらどんな顔をなさることか…」

楽しみです。とか続いたように聞こえた。
聞こえたが聞こえなかったことにしておく。
ツッコんでも不毛だ。

と、そこで気になった。「お知りになられたら」?

「言ってないのか?」
「言ってほしいですか?」
「却下」

でしょうね。
言って那岐はまた肩をすくめる。
こいつのいつもの癖だ。

「…言うなよ?」

効くとも思えないが、じっとにらみを利かせて言ってやる。
怖いですねと小さく笑って、那岐は口を開く。

「言いませんよ、言ったらきっと「何としてでもお前が阻止しろ」なんて言われてしまいかねませんもの」
「言いそうだな…本当にクソ親父だ」

自分で何とかしようとしないあたりが特に。
まああの野郎は家業でそれどころじゃないんだろうけど。
能力者でもないのに怪異の解決とか大丈夫かよって感じだが、
今に至るまで非常に残念なことだがお亡くなりになっていないので、まあ大丈夫なのだろう。

「まあ、あの方も頑固ですからね」

学校で知り合った男の子ですなんて言ったらぷつんといきますね、と他人事のように言う。
いやこいつにとっては他人事だけど。
でも絶対そうなるのは想像に難くない。
頑固親父め、ぷつんと行ったついでに脳の血管でも切れて逝ってくれれば良いものを。

「なあ、お前何とかしろよ」
「え?どうして私が」
「一応俺の部下なんだしたまには俺の命令に従ってみねえ?」
「えー?私に何とかできるわけがないじゃないですか」

曲がりなりにもお相手は当主様ですよ?
などと言いながら、苦笑で首を振る。
やんわりと、だがはっきりとした拒否の姿勢だ。
散々、自分は部下だの、真澄様の決断に従いますだのなんだの言う割に、
こういうときはきっぱり譲らないからまた面倒だ。

「真澄様がどうにかなさっては?」
「あのクソ親父をどうやって」
「ぶち壊しようのない状況を作ってしまうとか」
「…例えば?」

ぶち壊しようのない状況と奴が判断してくれるようなシチュエーションはそうないと思うんだが。
あの男ならたとえ入籍していても(年齢的に俺らはできねーけど)あらゆる手を尽くしてぶち壊しに掛かるに決まっている。
…だから例えばなんて聞いても仕方ないのだが。

那岐は少し考え込んだ後、やおら手をぽんと叩き。

「子供作るとか?」
「死ぬか?お前ここで死んどくか?」
「うわ、ちょっと真澄様落ち着いて、呪符しまって」

胸倉掴み上げて符をちらつかせると、さすがにというか奴もあわてる。
取り出したのは別にアビリティの何かとかではなく、
普通に幼い頃の修行で覚えたあれこれだ。
もう符術士でもなんでもないので、アビの符術は使えない。
つうか普通に能力使ったら一般人死ぬし。
…まあ、こっちでも十分痛いかもしれないが。
死にはしない。多分。

「もー、ちょっとした冗談じゃないですかー」
「冗談は空気を読んで相応しいものを選べ」
「や、やだなあ何マジになってるんですか、取り消します、取り消しますから」

だからそれしまって下さいね、となだめるように私の両肩に手を置く那岐。
それをべちっと振り払って胸倉掴んでいた手を離す。
解放された奴が、真澄様ったら照れ屋さんですねなどと言い出したのを聞いた時にはやはり符をぶち込むべきだったかと思ったが、
既に奴も防御の態勢を取っているので今ぶちこんでも大した怪我にはならないだろう。
ちっ。

「…まあ、でもとりあえずお見合いは全却下ですね」
「全却下だな」
「報告するのやだなあ。絶対私が怒られますよね」
「まあ、俺が行かなかったらな」
「来るんですか?」
「馬鹿言え」

誰が行くかと突っぱねると、まあそうですよねと神妙に頷く那岐。
知ってるなら聞くな、知ってるなら。
まあ、でも。
那岐が言葉を続ける。
訝るように視線を向けると、奴はほんの少しだけ表情を引き締めた。

「ご結婚はともかく、跡目の話はいい加減何とかしないとまずいですよ?」
「…解ってるけど」
「ならいいんですが。どうなさるおつもりです?」
「……それは」

まだ考えてないけど。
…自然、言葉尻が力なくすぼむ。
そうなのだ、どうにかしなくてはならない。
それは知っているのに、でも。

取るべき道なんて決まりきっているのに。
それは、私の望みとはかけ離れすぎていて。

そうであるなら、望みを諦められないなら、背負ったものなんて全部投げ出してしまえばいい。
でも、そうするだけの覚悟もきっと、私にはないのだ。
だからいつまでも決断できないまま、どっちつかずのままで目を逸らして。

……結局、私が弱すぎると言うだけなのだが。

「…夏くらいまでには何とかする」
「もう夏ですが」
「うるせーな夏休みだ夏休み!授業あんのに実家なんて戻ってられっかっ」
「去年まで大半サボってた方が何をおっしゃいますか。実家にいらっしゃった時だって殆ど学校なんて…」
「う、うっせーな今年から真面目に通ってんだよ!!」

…内情を知っている身内と言うのはどうにもやりづらい。
まあ、今もどっちかってーと学校通って勉強するってよりも帰りに結社寄ったりするほうが主目的だけど。
とは一応言わないでおく。
クラスの奴らと喋ったりすんのも何だかんだで楽しいしな。

「ま、一応考えていらっしゃるならそれでよしとしましょう」

納得したのかしてないのか、相変わらず笑いながら那岐は割とあっさりと引き下がる。
…言い方が何となく偉そうで気に食わないが、まあそれはいい。

「うまい方法を考えておいて下さいね。それだと私も楽なので」

できれば私には被害が及ばないとなおいいです、などと物凄く自分本位な発言を最後に、那岐は大儀そうに立ち上がる。

「帰んのか?」
「泊めてくれるんですか?」
「即刻帰れ」
「あはは」

ですよねえ、と何時ものように肩をすくめ、那岐は玄関へと足を向けた。
一度立ち止まって、お見送りくらいないんですかなどと言い出したが、
まさか私がそんな親切な事をする人間だなどとは最初から思っていないらしく、
何も言わずに居るとそのまま勝手に玄関のほうへと消えていった。

部屋の戸が開かれて、またすぐに静かに閉じる。
その音を耳にしながら小さく溜息をつく。
自分で言ってしまった言葉を今更後悔したけど、本当に今更だ。

あいつにああ言ってしまったからには、だ。
家を捨てるでも、今のつながりを捨てるでもなく生きるなんて。
そんな無理難題の答えを、何が何でも見つけなければならない。

…いや。あれだ。
責任転嫁はやめにしよう。
あいつにああ言ったからとか、親父がうるせーからとか、なんだとか。
そうじゃなくて、ただ単に。
私がそうしたいから、それを見つけ出したいというだけなんだ。

ただ私が、この手の中の何も切り捨てたくないなどと我侭を言っているだけなのだ。
だったらその答えだって、誰かのためとか誰かのせいじゃなく、
自分の責任と、自分の意思で見つけなければならない。
大切なものを手放したくないと言うのなら、その方法は自分自身で見つけ出すしかない。

逃げ続けてきた人生はいい加減終わりにしよう。
覚悟を決めろ月代真澄。
望みを叶えられるのは、ほかでもない自分だけなのだから。
posted by 月代真澄 at 04:23| Comment(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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