2009年10月02日

戦場追想

戦場の奥の奥に。それはいた。

禍々しい黒い、「尾」。
集められたゴースト達を、怨念と怨嗟を背負って、少女が哂う。

今までも強力なゴーストだとか、来訪者だとか。
そんな存在を目の当たりにしたことはある。
…でも、あれは何かが違う。
余りにも強大すぎるとか、…そういうことじゃなくて。

─あれは、やばい。
あのままの彼女と…戦うのは危険すぎると。
そう、感じた。

─でもそれを、そのままにしておけるわけなどない。
戦うのは危険過ぎる。でも、倒さなければ、止められない。

一歩遅れた俺の目の前。
武曲に対峙する、能力者達─その中には、見慣れた小柄な、彼女の姿─

「藍那!─邪魔だ、てめえ!」

立ちはだかった妖狐へ肉薄して、クレセントファングを放つ。
ぐっと身を屈めて放った蹴りは、三日月の弧を描いて妖狐の急所をとらえた。
崩れ落ちるそれを振り切って、先行く藍那を追うように足を踏み出す─

「…、!」

視界にちらついた、怪しげに揺らめく炎。
拙い、と思ったときにはその妖力に捕らわれて。

「ちっ…面倒臭えな!」
味方の齎す赦しの力の助けを借りて呪縛を振り切り、前を向き直る─

─そこに、ソレが、いた。
 
 
目の前に迫った巨体に、視界の全てが覆い尽くされる。
避ける?─そんな余裕なんてなかった。

放たれた衝撃が全身を打ち据える。
がくんと崩れ落ちそうになる膝を支えて踏みとどまる。
体力を半分以上持って行かれた。

─まずい、強すぎる。

でも、─ここで退けるわけがない。
味方の援護を受けながら、折れそうになる気持ちに喝を入れた。
自身も再び魔法陣を展開して体力の回復に努める。─でも。

─次に飛んできた衝撃に、…俺はそれ以上の抵抗の術を失って。
冷たい床の上に崩れ落ちた。

意識が途切れそうになる。
駄目だ、立ち上がれ。
守ってやらなきゃ、…俺が、……大事な人を、この手で─

意思に反して、腕も足もおろか、指の一本すらも思い通りに動いてはくれなくて。

視界がかすむ。
真っ白に、かすんでいく。
でも、目を閉じることはできなかった。

─意識の途切れるその瞬間まで。
懸命に武曲を相手に立ち回る藍那の姿を、…俺は、動けないまま見つめていた。


「─ちゃん。お姉ちゃん、大丈夫?」

何分経ったのか、さっぱりわからない。
目を開ける。
藍那が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「う…」

言葉を発しようとしたが、無様に噎せこんだだけだった。
─身体が重い。
何処が痛いのか解らないくらい、全身がじんじんして気持ち悪い。

「無理しないでね。─あとは任せて。」

言い残して戦場へと駆けて行く背中に、声を掛けることすら出来ない。
目線でその背を追いながら…奥歯を噛み締めた。
─情けない。
ギリ、と握った拳の感覚すら、なくて。
それが余計に悔しくて、…視界が、滲む。

「…派手にやられちったわねえ。大丈夫?」

内容の割に軽い声音で、誰かが語りかけてくる。
ぼんやりと滲んだ景色の中に、人の姿。
灰色の髪の…どっかで…見た気が、……思い出せない。

「とりあえずぱっぱと治療しちゃうから。
生命賛歌あるしすぐ動けるようにはなるでしょ。
─あ、でも戦場に出ちゃ駄目よ、自殺行為はNG」

悲しんじゃう人もいるでしょーしね、と言って、彼女(だろう、おそらく)は藍那の駆けて行った戦場を仰ぐ。

「戦闘の途中で武曲が弱り始めたのよね。
で、体勢を立て直して今度こそって感じなんだけど。
退却の時あの子、真澄ちゃん背負って戻ってきたのよ。
自分もしこたま打たれてたのにね」

…何で名前知ってんだ。
そんなよーな言葉が一瞬浮かんだが、問う間もなく思考が切り替わる。

強い子よねえ。そう、彼女が零したのを聞いて。

「……」

懸命に武曲に追いすがる藍那に。
俺は、追いつくことさえ出来ないまま無様に倒れてしまった。

─それだけじゃない。
傍で戦ってくれた秀一郎に、怪我もさせた。
それでも懸命に応援してくれてたのに、…それに応えることすらできないで、こんな。

─情けない。
誰よりも守ってやりたい奴を助ける事も、その思いに報いる事も。
大事な妹の隣に立つ事すらも、今の俺にはできないなんて─

「って。ちょと真澄ちゃん握りこぶしダメよ。血が出てるじゃないー」

少女が俺の右手を取って、固く握られていた拳を解く。
…爪が刺さったのか、血の滲む掌。全然、感覚すら感じられなかった。
傷が痛くて堪らないからなのか、そうじゃない処が痛いからなのか。
それは解らないけど。

傷の痛みも、そうじゃない痛みも。
全部、俺が無力なことの証明で。

…悔しくて。
目元を涙が伝うのも、情けなかったけれど…それをぬぐう事すら今はできない。

「…まあ情けないなあなんて思う気持ちは解らなくもないんだけれども」

あたしも大概弱いしねえ、と何でもない事のように言い放って、からからと笑う少女。

「後は任せてって言ってたでしょ?で、これが最後の決戦でしょ?
其処まで送り届けてやれたって事で達成感とか感じちゃっても罰は当たらないんじゃない?
いちおそれも、守ったって事になるじゃない」

別に悔しがるような事は何もないんじゃないのん?
などと続けて、自責は良くないわよと額をつつかれる。

…ばつが悪くて。
涙もぬぐえなくて、だから泣きっぱなしの無様なままで。

でもそいつの言う事は確かにその通りかも知れなくて。
…思わず笑っちまった。
笑った途端咳き込んだけど、止まらなかった。

…そうだよな。
俺は、まだまだ弱くて。
秀一郎を守ってやれなくて、藍那にも守られてばかりで。

だけど、そんな俺でも此処まで戦えて。
藍那も無事で。
それなら、それで良いじゃないか。
弱い俺でも、「無力」なのではなくて。
それくらいは出来たんだって思っていてもきっと。

だからって悔しい気持ちはなくならないけど。
…それは、また、次の糧にしていけばいい。
こんな所で満足なんてしない。目指すものはまだまだ先だ。

次こそ守れるように。
最後まで一緒にいられるように。
次が無理なら、その次こそ。
……落ち込んで思考停止なんて、らしくないじゃないか。

「…で、まあ、重傷者にも立派なお仕事があんの、知ってるわよね?」

にや、と笑う少女が、ぽいと投げ渡す「重傷者ガイドライン」。
腕につけた救護の腕章。
…どこかで見た姿。
思い出した。確か、人狼戦線で─

「─名前、確か」
「お馬の名産地、じゃないわよん?」

はぐらかすような返答に苦笑して、身体を起こす。
生命賛歌の効果時間中だ。
傷がふさがって時間が経てば、健常者と遜色なく動く事だってできる。
─勿論だからといって、無理ができるわけではないが。

で、どうすんの?
問うてくる少女にガイドラインを投げ返して、笑う。

「覚えてるっての。伊達に半年前メディックにいねーよ」
「そーぉ?んじゃ、頑張って応援してきなさいな」

あたしは無事だから戦場行きー。
おどけるように言い放って走っていく背中を見送って息を吐く。

確かに俺は、弱いけど。
出来る事を最大限にやれば、無力なんかではきっとない。
…それを、1-2度会っただけの相手に諭されたのはちょっと悔しいけど。

でも。
出来る事はまだあるし。
この先だってまだ、強くなれるんだから。
だから、今はせめて今できることをして来よう。
戦いは、まだ続いてるんだから。

─ぐっと拳を握って立ち上がる。
見据えた戦場は今は遠くても。
明日には、この先の未来には、きっと─。
posted by 月代真澄 at 04:28| Comment(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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